山ぞ恋しき~「吉崎建立ものがたり」~【その10】
本願寺が焼打ちにあい、布教の地を捜し歩き考え抜いた蓮如は、目的地を京から遠く離れた北陸の地に求めたのでした。
本願寺の御本尊と呼べる「親鸞聖人の御真影」は持って行く事が出来ないため、
寛正六年(一四六五年)一月八日、 比叡山延暦寺は本願寺と蓮如を「仏敵」とし、翌一月九日に本願寺の焼打ちを行いました。その火中から、家老職である下間法橋が背負って逃げ出し、難を逃れた御本尊でしたが、吉崎へ向かう道中、自分の身に何が起こるかわからず、等身大の親鸞の木像を運べば、目立つ事にもなるからでした。
当時、大津にある三井寺は、同じ天台宗でありながら、比叡山とは敵同士でした。しかし、敵とはいえ宗派の違う三井寺に、御本尊を預けるという蓮如の覚悟は、どれほどだったのでしょう。御本尊の事が心配で、長男の順如を吉崎へは連れて行かず、京に残させたのも、そのためだとも言われています。
その準備を済ませ、京からの帰りの夜のことです。雪明かりの山道で、蓮如は暴漢に襲われます。山法師姿のその男は、
「お前が蓮如だな、お前の命を貰いに来た。さっさと首を出せ!」
「儂の命は阿弥陀如来の下にある。しかし、まだまだこの世でせねばならぬ事があるのじゃ。ぬしのような者にこそ、儂の話を聞いてほしいのじゃ。如来の慈悲を・・・」
「うるさい、聞く耳など持っておらぬわ~」
そう言って荒くれ者は大長刀を振り落したのです。
とっさに交わした蓮如上人。そこへ大勢の声が響いてきました。
たくさんの灯りが近づき、声が大きくなってきました。
「くそ~、多勢に無勢、今日のところは引き上げるが、また命を貰いにくるからな。」
そう言って荒くれ者の山法師は去って行ったのです。
「蓮如さまご無事で~」
堅田門徒衆が、助けに来てくれたのでした。たちまち、蓮如の周りに人だかりができ、無事を確かめ、涙する者もいました。
「源兵衛か、すまぬな。皆の者もすまぬ」
「この道を通りかかった者が、怪しい山法師がいると伝えに来たので、蓮如さまが心配で心配で、皆大慌てで集まったのでございます。」
「そうかそうか、すまぬ、すまぬ」
そう言って手を合わす蓮如。
「蓮如さま、足から血が!」
見渡すと、白い雪に赤い血が飛び散っていました。
「そうか、間一髪でよけたからな、擦り傷だろう。大したことはない。」
この時、蓮如は足を怪我してしまい、吉崎の地に来た時は、足の指先二本がなかったといわれています。そのような足で、これから先も、蓮如上人は多くの距離を歩かれ、布教活動を行うのでした。
雪深いこの年の二月一日。蓮如の身を案じる堅田の法住の下で一夜をあかした蓮如に、訃報が飛び込みます。
「父上、妙意が息を引き取りました。」
知らせに来たのは、長男の順如でした。
妙意は、蓮如上人の十番目の子で、第五女になります。順如とは異母兄弟ですが、本願寺を焼け出された後、母蓮佑に連れられ、蓮如の叔母にあたる見秀尼のいる「浄土宗浄華院摂受庵」に身を預けていたのでした。
「なんとな、まだ十を過ぎたばかりではないか、儂の代わりになったようなものじゃなぁ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
手をあわせ、涙する蓮如の心に、何とも言えない悲しみが舞い降りていたのでした。
本願寺を焼け出され、流浪する蓮如と離れ離れになって暮らしていても、心の中で通じ合う家族でしたから、本当に寂しい思いが走りました。そしてまた、ほんの数か月前の十二月に、妙意の母蓮佑が他界し、後を追うような死に、自分の至らなさを悔やむとともに、乱れる世の不条理に対し、新たな誓いを立てるのでした。
しかし、訃報はまたも続きました。それからわずか五日後の事です。京都の常楽台寺に嫁いだ蓮如の第二子、如慶が他界したのです。順如のすぐ下の妹で、蓮如の最初の妻「如了」との間に生まれた長女でした。わずか三か月の間に、妻、長女、五女を亡くした蓮如の心は、いくばくかのものだったでしょうか。相次ぐ身内の死に対し、蓮如は悲しんでばかりではなく、その悲しみを力に変え、北国の地へと足を運ぶことになるのでした。
春を迎え、夏へと向かう五月、蓮如は琵琶湖の浜辺の小さな漁村にいました。
賞金首のかかった蓮如を探す輩が増えたため、蓮如に心酔し、ずっと支え、守り続けている金森の道西をはじめ、少しばかりの門徒達に見送られ、舟に乗り込む蓮如でした。
お供は、慶聞坊竜玄をはじめ船頭一人。隠密裏に行動し、まだまだ未開拓で、荒れる北国へと向かう蓮如の身を案じる者の心は、この場所に居なくても、蓮如の心には充分伝わっていました。
この時蓮如には、乳飲み子の佑心をはじめ、第九代本願寺法主となる実如など、里子にも出せない子ども達が六人いましたが、順如を通じ、道西をはじめ、法住など蓮如を支え続ける人たちに、行く末を託して行ったとされています。
父と離れ離れに生き、母も亡くしてしまった子ども達に、父としての蓮如はどう映っていたのでしょうか。
順如は父の見送りに、異母兄弟の実如をはじめ、兄弟たちを連れて来ていました。
「実如、兄の下でしっかり学び、阿弥陀様の慈悲を、儂達より苦しみながら生きている民百姓に広めよ。それが儂の願いじゃ。頼んだぞ」
「・・・・」
言葉にならず涙ぐむ順如。
ただまっすぐと蓮如を見続ける実如。
そしてその横に、乳飲み子を抱く女がいました。
「父上、佑心でございます。」
涙をこらえ、順如は言った。
「そうか、そうか、大きゅうなったのぉ。生まれた時も会いに行ってやれんかったからのぅ、すまんな佑心。」
そう言った蓮如に、集まった人々は涙するのでした。
「どうれ、抱かせてくれんかのぅ。」
女から佑心をわたされ、微笑んだ蓮如には、自分の行く末がどうなるのか、予想がつかない不安な旅が、これから始まるのでした。
「父上、この女子は『お勝』と申しまして、見玉が連れて参ったものでございます。母無き子となった佑心ですが、この『お勝』に抱かれると、よく笑うのでございます。」
「そうか、そうか、お勝とやら、この子らを頼むのぉ。何かあったら、文をよこせよ。離れていても、家族は家族じゃ。本当に頼むのぉ」
「・・・」
字を読めず、字も書かれないお勝は、何を言っていいのかわからず、下を向いて頷くだけでした。見玉は、蓮佑の最期を看取った蓮如の第4子で、お勝とは摂受庵で知り合ったのでした。
京を離れ、越前へ向かう蓮如。家族への想いは熱くなる一方で、応仁の乱で国が乱れ、行く末の不安がいっぱいの旅立ちでした。
月明かりも薄く、夜陰に隠れながらの旅。
櫓を漕ぐきしむ音と、涙をすする音が、琵琶湖に重く響くのでした。