BAMUのつぶやき

日本人だから感じること・・・

宗教と政治について考える

暗殺現場に献花する人たち・・・朝日新聞より抜粋


7月8日の安倍元総理暗殺事件以来、落ち着かない日々が続いている。

動画を見てもツイッターを見ても、ちょっとしたことで涙がこぼれてくる。

暗殺者の事件背景がいろいろと解かって来ているなか、改めて『宗教』というものを深く考えだしている。

太平洋戦争で日本が敗戦した後、

GHQ主導で勧められた今の憲法には「信教の自由」というものが認められ、

政教分離」の原則が書かれている。

しかし、政治家によって「組織票」欲しさに、宗教団体との縁が切れないまま、

今日を迎えているのである。

そして、今の政権与党には、

はっきりと宗教団体がバックボーンとして存在している事は周知の事実なのである。

 

日本の歴史を紐解いてみると、

我が国「日本」は「仏教」によってつくられたと言っても過言ではない。

基本となる『神道』ということも、ひとつの宗教観が源になっている。

 

人間は弱い。自然と闘いながら生きている以上、

どれだけ科学が発達しても、自然には勝てはしないだろう。

そして生物は、皆同じなのであると解っていなければならないのだが、

そこには『死は必ず訪れる』という前提があることも忘れてはいけない。

『弱肉強食』という原則があり、

自然淘汰』という原則もある。

その原点を忘れ、科学の発達に人類が溺れてしまっていることを考えていくうちに、

何時しか人間は「驕った世界の中にいる」

 

「人間は弱い」!

その中で「集団で生きる」という事にたどり着いた人間は、

色々なコミュニティで生きる術を知り、

「支配するものと支配されるもの」が生まれたのである。

だから、「倫理観」や「道徳心」が必要となり、

「神」や「仏」が必要となっているのである。

歴史が進むにつれ、その考え方は自分が都合のいいように解釈され、

変化してしまっている。

肝心なことは、弱い自分を助けてくれるから信じるのではなく、

生きていられることに感謝することが大事なのである。

 

今回の『安倍元総理暗殺事件』は、

歪んだ宗教観が産んだ哀しい事件だと言って良いと思う。

拝金主義に陥っている今の宗教に布石を打った事件だと・・・

 

*参考

【独自】山上容疑者が「3年前、殺すつもりで火炎瓶を持って向かった」統一教会・名古屋4万人イベントの内部写真《来日した韓鶴子総裁と、礼賛した有名政治家たち》(現代ビジネス編集部) | 現代ビジネス | 講談社(2/3)

 

安倍元総理の殺害事件で思うこと

本当に情けない事件が起こってしまった。

我が国『日本』を、やっと正しい道へ運んでくれると思っていた人を、

いとも容易く違う世界へ送ってしまったのだ。

ただただ残念である。

67才、まだまだ未来のある人生を送れるはずだったのに・・・

 

日本史上で尊敬でき信頼できると感じる政治家は多々いるけれど、

令和4年、2022年7月8日に、

人の命の重さを感じない「愚かな人」に殺害されてしまった「安倍晋三」氏は

自分が今、一番『信頼』できる政治家であった。

 

哀しい・・・

限りない寂しさと共に、心の痛みを感じている。
自分の両親の死でさえ感じなかった心の痛みを・・・

 

これから、この事件の真相究明が突き進み、
報道されて行く事になると思うが、
日本史上の汚点の一つとして、歴史に名を残すような今回の事件は、
板垣退助初代総理大臣の暗殺事件」や、
哀しい「太平洋戦争」への突入前の
我が国の迷走時代における「5・15事件」などと並ぶ今回の蛮行が
二度と起こってほしくないと感じている。

 

世界情勢が揺れ動きだしたのは、
2月24日のロシアがウクライナ侵略戦争に始まっている。
そして、
「何が正しくて、何が悪いのか」を多くの日本国民が真剣に考えだしていた。

つまり、

日本という共同体が、
太平洋戦争でアメリカの植民地となってから
初めてだと言っていいほど真剣に「日本国」というものを
考え出したと言って良いからだ。

そんなさなかに起こった今回の事件は、
日本の「国防」を重く受け止めていた偉大な政治家の、
命をいとも容易く殺してしまった。

 

テロである。言論人に対しての暴力阻止なのである。
そしてまた、この揺れ動く世界情勢に対して、
日本がリーダーシップを発揮して、
新たな「国際秩序」を構築するための、
日本のリーダーを失くしてしまったのである。
そのことを、理解してほしい・・・

 

いま日本は病んでいる。
アメリカに「世界の警察」という力が無くなった今こそ、
日本が指導力を発揮しなければいけない時なのに、
この病んだ体に一筋の明かりをともしてくれていた「一政治家」の死に対して、
各報道は真剣に日本国の事を考えているとは思えないのである。

 

それは、

地球上の日本という国の『存在意義』を深く噛みしめていないからだ。

そう『日本の存在意義』を・・・

 

インターネットが普及し、
グローバルな世界観になり、
大きな政治が必要な時に、
大局観もなく、俯瞰な視点で見ることができないマスコミ。
『民主主義』と頭の中で理解しているようなふりをしている政治家。
それに踊らされる国民。

考えてみよう『国家』とは何かを、
そして、
「生きている」とはどういうことなの

安倍晋三さん


かを・・・

我が子や孫のためだけでない「日本の未来」のために・・・

 

手術を終えて・・・

額田王


体調が悪くなって3年経った。

完治ではないけれど、病名が判り手術が終わり、やっと活字を読む気になってきた。

 

そんな時

あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る

この一首で、老いたこの身と心が熱く動きだした。
万葉集の和歌には、この様な恋の歌は多いのだけれど、「袖を振る」という意味を知った今、この動悸は止まらない。
袖振り合うも他生の縁とは言うけれど、道を歩いていて見知らぬ人とすれ違うのも、前世からの因縁だといつも思っていた自分にとって、こんな和歌との出会いもまた『縁』なのだと思ったのです。

作者は額田王(ぬかたのおおきみ)。生没年不詳ではありますが、飛鳥時代の日本の皇族・歌人です。大海人皇子天武天皇;?~686)に嫁ぎ一女をもうけたのですが、その後彼の兄である中大兄皇子天智天皇)の妃となっています。当時は一夫一婦制ではありませんし、婚姻に対する考え方も現代とはまったく違っていましたから、この3人がそれぞれ複雑な感情を抱いて過ごしていたであろうと思います。
大海人皇子大化改新、白村江の戦の後、国政の表舞台に立ちました。兄天智天皇を手伝い、大化改新後の日本政治の確立に尽力したと思われます。しかしその兄とは、皇嗣問題などが原因で政治の中心から遠ざかっています。
そして天智天皇崩御後、吉野に移り、天武元(672)年側近を連れ、美濃へ向かい、東国を基盤として近江・大和で大友皇子軍を倒した『壬申の乱』の翌年、飛鳥浄御原で「天武天皇」として即位しました。天智天皇の基本政策を受け継ぎ、飛鳥浄御原律令の制定や、『帝紀』『旧辞』の編纂、八色姓の制定、官位48階の制定など、律令体制の確立に注力しました。

さて、大化の改新についてちょっと調べてみました。
自分が中学生の頃に習ったことは、飛鳥時代645年に中大兄皇子中臣鎌足らが蘇我入鹿を宮中にて暗殺して蘇我氏蘇我宗家)を滅ぼした政変であるというだけ事でした。
今は、乙巳の変(いっしのへん)に始まる一連の政治制度改革が「大化の改新」であり、「乙巳の変」は「大化の改新」の第一段階だと見るそうです。
645年6月、中大兄皇子(626~672)らは宮廷での儀式を装い、蘇我入鹿蘇我馬子の孫)を討ち取りました。この事件が「乙巳の変(いっしのへん)」です。
622年、摂政「聖徳太子」の死により大豪族である蘇我氏を抑える者がいなくなり、蘇我氏の専横は甚だしいものになりました。
蘇我入鹿の祖父である蘇我馬子は、神道を擁していた物部氏との戦に勝利すると、聖徳太子(574~622)とともに仏教を中国から取り入れて国を治めようとしました。
そして馬子は天皇に自分の娘を嫁がせることで、外戚として国の実権を握りました。その後、蘇我氏は馬子の子供である蝦夷、孫の入鹿と3代にわたって権力をふるっていたのです。
中大兄皇子は、父・舒明天皇と母・皇極天皇の間に生まれた皇子です。蘇我氏の横暴を快く思っていなかった皇子は、中臣鎌足らと共に蘇我入鹿を暗殺し、権力を天皇のもとに取り戻します。翌646年に「改新の詔」を発令し、律令国家の礎を築きます。中大兄皇子の目指した政治は、天皇による中央集権国家を築くことでした。孝徳天皇のもとで皇太子として政務を執り行い、のちに天智天皇となりますが、壬申の乱で弟の天武天皇に敗れました。
この672年に起こった古代日本最大の内乱が『壬申の乱』です。この事件については諸説色々あります。そして数多くの小説や映画に漫画が描かれています。それほど古くから愛されてきた題材であり、心動かす古代ロマンを感じることができるからだと思います。
幾つか挙げてみますと、
井上靖額田女王
黒岩重吾『天の川の太陽』
井沢元彦『黎明の反逆者』
豊田有恒『大友の皇子東下り
梨木香歩『丹生都比売』(におつひめ)
樋口茂子『小説 壬申の乱―星空の帝王』
倉橋寛『赤き奔河の如く』
漫画;里中満智子『天上の虹-持統天皇物語』等々です。

 この事件は、天智天皇大海人皇子兄弟が一人の女性を争った原因が大きいものだと考えるに至ったのですが、三角関係のもつれがこの政変に繋がったと感じるだけなのです。
額田王が絶世の美人であったというのは小説などでは通説となっています。彼女に関する記述がごく限られている以上、その容貌について物語る史料がありません。三角関係を想定させるような和歌から、彼女自身のイメージが後附けされたものでありますが、彼女が美女であろうとなかろうと。この一首から得られるイメージは、1500年もの時間の隔たりがあっても理解できるものとして考えるだけです。

あかねさす紫野行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや君が袖振る

 時間があったら、もっと調べて想像力を逞しくさせていきたいものです。

*参考にさせてもらったもの
https://benesse.jp/contents/history/taikanokaishin/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%99%E5%B7%B3%E3%81%AE%E5%A4%89
https://4travel.jp/travelogue/10834654
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AC%E7%94%B3%E3%81%AE%E4%B9%B1#%E9%A1%8D%E7%94%B0%E7%8E%8B%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E4%B8%8D%E5%92%8C
https://intojapanwaraku.com/culture/93134/

令和4年を迎えて・・・

日本の政治は未だに混沌としている。

このグロ-バル化した現代において、「日本」というコミュニティが壊れようとしていることに、激しく不安を抱えている。

「多様化」という言葉の中に、大切な『国家観』が見えてこないし、

「差別」を口にする人の中に「平等」という心からの声は見えて来ず、

「自利」という言葉だけが漂っている。

いつからこの様な国になってしまったのだろうか。

この歴史ある素晴らしい国家が、「欧米化」と「多様化」という誤りに、
もう気づいても、いい時期ではないのか・・・

 

『リベラル』という言葉は、共産主義者の代名詞になり、

本来の『自由主義』に対抗する考え方が、

全て『共産主義』が理想だとする考え方に変わってしまっている。

 

おかしい、『ベルリンの壁の崩壊』で、

自由主義社会と社会主義社会の対立は終わっているはずなのに・・・

 

現在の中国人民共和国やロシアを代表するように、

共産主義社会が『独裁国家』であることは明白であり、

マルクス主義が、この地球上から消えていくはずだったのに・・・

 

不安な気持ちで新年を迎えた。

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ウィグル弾圧

 

人生における出会いは・・・

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

 

コロナ過の中、東京オリンピックが開催されている。

このスポーツの祭典を考える時、「人生」を考えてしまう。

ひとつのスポーツに青春の全てを費やし、努力に努力を重ね見事花開く人もいれば、

ただテレビの前で一喜一憂する人もいたりする。

スポーツの素晴らしさをいまさら語ることはできないけれど、

人生の素晴らしさを感じてさせてもらっているのである。

 

人生はドラマである。一人一人違う人生を歩み、違う運命の糸を知る。

マニュアル化されて、仕事仕事の毎日に、違うアクセントを貰えた時の喜びは、

測り知れないものがある。

そう、仕事以外で違う出会いがあった時は、

単純な毎日に新しい刺激を貰えるのである。

 

人との出会いに不思議なものを感じることがあるように、

スポーツとの出会いも不思議なものである。

自分に相応しい種目だったとしても、出会った指導者やチームメイトとは、

自分と反りが合わない場合もある。

全てがそうだろう。

映画を見ても、自分が好きな俳優が出ていたとしても、

見なきゃよかったと思う場合もある。

そこに映画との出会いがある。人との出会いのように、不思議な出会いがある。

本だってそうだ、漫画だってそうだ、選んで買った本だとしても、

もっと違った本にすれば良かったなんて、思ったりもする。

映画や本との出会いは、自分で選べるものだから・・・まだ良いのかもしれない。

親も選べない、友達も選べない、スポーツも選べない、

そんな日本じゃないから、いい・・・

 

出逢いは人と人だけのものではない。

なんでもいいんだ、毎日のルーティンの中で、

ほんのちょっと違う事が起きたなら、それでいい・・・

ただ自分がそれに気づくかどうかだろう・・・。

悲しい事件のあとに・・・

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ネオンの影に・・・

東御市の乳児遺体遺棄事件は本当に悲しい事件である。
ことし5月、東御市の空き家の庭に赤ちゃんの遺体を遺棄したとして、死体遺棄の罪に問われている22歳の女の初公判が開かれ、被告は起訴された内容を認めた。
女性は以前住んでいた東御市新張の空き家の庭に、自分が産んだ女の赤ちゃんの遺体を埋めて遺棄したとして死体遺棄の罪に問われています。
9日、長野地方裁判所上田支部で開かれた初公判で、被告は「間違いありません」と述べ、起訴された内容を認めた。
このあと、検察側は冒頭陳述で「風俗店で働いていた時期に子どもを妊娠したが養育する気はなく、その一方で金銭的な問題から中絶できずに出産した」などと指摘しました。
そして「誰かに相談するなどの機会がありながら、無計画に出産したうえで犯行に及んでいて悪質だ」などとして懲役1年6ヶ月を求刑した。
これに対し弁護側は「被告人は小さい頃に両親を亡くしており、幼いときから他人に悩みを打ち明けることができない環境で育っている。子どもが亡くなるまでは授乳をするなど愛情を示しており、犯行は悪質とはいえない」と述べて、執行猶予付きの判決を求めました。
被告の行動を諫めるよりも、相談相手もいなくて生きてきた彼女に対して、同じ社会に生きてきた者のひとりとして、無性に悔しさと憤りを覚えるのである。

「生きる」という事がどういうことなのか、それを学ぶ機会がなかった事が悔しいのである。

 

教育の本質には、この問題が肝心なのではないだろうか。
SEX産業が産む倫理問題や経済問題を考える前に、教育問題を考え直さないといけないと思う。
生きるためには何をしても良いのか?金儲けのためには、無責任な言葉と嘘が蔓延していてもいいのか?
嘘と偽りの現代は、もっともっと悲しい事件を生んでいくのではないかと、懸念される・・・

日本仏教に未来はあるのか?【その2】

 日本仏教に未来はあるのか・・・などと大きく考えてみたものの、
そのテーマの大きさを深く感じている。

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村はずれにある石像。(聖徳太子が祀ってある)


そして自分の考えていたものが、単なる経済的な事ばかりだったことに恥ずかしく思えてきたのである。

 結論から述べていくと「日本仏教は地球に日本人がいる以上、
無くてはならないものだ!」と思っている。

諸説あるが、

聖徳太子によって仏教が導入されて以来、
紆余曲折がありながら、長い伝統と共に日本という国の歴史のように、
『哲学』としての日本仏教が世界に認められていく日が近いと感じるのである。

自分の「宗教観」だが、人それぞれ持つ感覚や感情は違う。
神であれ、仏であれ、信じるか信じないかは、誰かが決めるものでもないのだ。
そう、自分自身が決められるところに価値がある。


科学の発達によって、全く「宗教」を信じていない人も増えてきている。
しかし日本人は意外と信じている人が多いような気がするのである。


おみくじであれ、占いであれ、何かに縋りたくなる人が多いと思うからだ。
そしてそれは、日本人独特の感覚で、日本人のDNAの中に組み込まれているのではないかと、今ではそう思うようになってきている。

以前「アニマに抱かれて」という随筆を書いてみたが、
自分の思っている事の10%も書けなかったことは、残念に思っている。


あの時書きたかった事の本質は、どこにでも「魂」があるという事だ。
そしてそれは、人間の心が・想いが産み出すものではないか・・・という事なのだ。

そして生活の中で四季を楽しみ生きている中での日本人の持つ「魂」または「霊」という感覚は、西洋人には、多分ないものだとも思う。
これは天台思想の「山川草木悉皆成仏思想」である。
これが日本人のもつ「信仰心」ではないのか・・・

 

さて、「何を信じるか・・・」ということは、

『人間は一人では生きていけない』という事に繋がっている。

人間かもしれない、歴史上の偉人であり英雄であり、
作家であり、歌手であり。

生きていく上で「影響を受けたもの」に対して
「信じられる」という気持ちが生まれてくるところから始まる。

大事にしている大好きな「ペット」かもしれない
言葉を交わせない彼らからは、「目」というもので訴えてきていると、
そう感じたことは幾度となくあった

草や花かもしれない。

学校の帰り道のこと
綺麗な花を見つけた。
持って帰ろうと手を伸ばして引き抜こうとした時、
「やめて・・・」と声が聞こえてきて辞めた事があった。

錯覚かもしれないが、あの時はその花が喋ったと思っていた。

この様な経験が自分にはたくさんあったし、これからもあるやもしれない
と、そう思う毎日なのである。


人の出会いも不思議だ
あの時の花や草も、自分と出会わなければどうなっていただろう・・・


生きていれば苦しみも悲しみも、いろいろなことがある。
そしてその時、何を感じるかが、実は本当に大事な事だと、今は思っている。